毎度!ねずみだ。
あけましておめでとうございます。
皆様とご家族のますますのご健勝を祈念いたしまして新年の挨拶に代えさせていただきます。
と言う訳ですっかり私の年中行事になった<年末魚竹売り尽くしセール>でのお話。
往々にして年末の買い物というのは、旦那が家に居ることもあって夫婦ふたりでくる場合が多い。一緒に来ると言っても旦那は専ら荷物持ちであるが。
松蔭神社商店街は小さく、そして古い商店街である。訪れる客層も老人が多い。特に多いのが老婆である。義理の母親と同年輩かそれ以上だから80歳くらいであろう。そういった常連達によって支えられているのだが、その多くが「爺さんが死んで何年経ったよ。」という婆さん達である。先述の夫婦達に混じってやってくる。爺さんは早くにぽっくり逝ってしまうが、女性達は強く「爺さんが死んで何年経って」も元気だ。
元気だから魚屋の前に陣取って「あーでもないこーでもない、息子が半年振りに孫をつれて正月にくるからなんたらかんたら。」と嬉しそうに話し出す。こちとら忙しいので話をさっさと切り上げたいのだが、なかなか放してくれない。
彼女達は私のことを未だに「魚竹の長女の旦那」とは認識していない。「年末だけ手伝いに来る威勢の良いお兄ちゃん」と思っているようだ。そうして「威勢の良いお兄ちゃん」と長話をして帰ってゆく。
老婆達はコミュニケーションに飢えている。大型スーパーでレジ係と長話する訳にいかないため、個人商店である魚屋にやって来ては話すのだ。そこに個人商店の一番大きな存在意義がある。病気でも無いのに老人達が朝から病院に集まるのと似ている。
さて、一人で年の瀬を迎えるのは老婆達だけではない。意外にも多くの若い女性客が少量の刺身や切り身を買っていく。
「あのーすみませんが、ブリの刺身を。二切れでも多いかなー。」
「すみません、一人で鍋をするんですが、これだと多いですよね?」
「すみません、一人分なので。」
彼女達は一様に「すみません。」という一言を添えて俯きながら小銭を私に渡す。その都度、「威勢の良いお兄ちゃん」である私は声をかける。
「ええっ?一人で年越し?そりゃ寂しいなー。店が終わったら遊びに行くから電話してね。」
「鍋の材料二人分買っていかない?いや、俺があとで遊びに行くから。」
勿論「本当ですか?じゃあ、お風呂を沸かして先にシャワーを浴びて待ってるから出来るだけ早く来てね。夕食の後は除夜の鐘を突いて突いて突(以下略)」などと、夢のような展開が待っているわけではないのだが、店を後にする彼女達の背中に「ありがとうございましたー。良いお年をー。」と声をかけるように心がけている。
世の中には寂しい時間を過ごしている人達が沢山いる。私が想像する以上に多いのかもしれない。