毎度!ねずみだ。
先週、会社からの帰り道。午前中に雨が降った後、東京の夜空は雲が少なかった。
妻が飲み会で遅くなるので、夕飯の料理をさぼりいつものスーパーで弁当を買って帰る事に。帰ってからすることと言えば風呂掃除くらい。すこし遠回りする。
大きな通りから離れていることもあり、静かな住宅街を抜ける坂道を上りながら。いつもよりゆっくりとしたペースで歩く。
見上げると、三日月が清かに輝いている。静かに佇む姿が凛として美しい、と思う。
その三日月の少し下で宵の明星、金星が明るく光を放っている。さらにその金星の少し下に少し明るめの星が。月・金星と同じ間隔で緩やかな弧を描いて並んでいる。金星の下にいるのは木星だろうと見当をつける。
スマホで調べると、確かに木星だった。この時期に金星と木星が近づいて見える、とある。実際には気が遠くなるくらい離れている月と二つの惑星が、すぐ隣で輝いているのはちょっとした奇跡のように感じられる。
東京の夜空は、地上の明るさもあって見える星の数が少ない。その中で三つの星はそれぞれの存在を主張していた。
弁当を入れたマイバックをぶら下げながら、しばし立ち止まる。
普段は忙殺されていて夜空を見上げる余裕が無いのか、たまたま見上げた夜空に並ぶ三つの星は、見惚れるくらいに美しい。ピンと張りつめた緊張感を伴った美しさだ。
ずっと夜空を見上げている私の脇を、スマホに目を落としながら足早に行き過ぎる人達。誰も夜空を見上げようとしない。歩きながらスマホを見るのは危ないと思うのだが。彼らに言わせると「ただ歩くよりスマホ見ながらの方が、タイパ(タイムパフォーマンス)が良いし、何より誰かに迷惑をかけているわけではないので大きなお世話」らしい。
多分、今夜の月も金星も木星も、彼らの中では目の前で夜空に佇む星ではなく。スマホの中でニュースの項目の一つとしてスクロールされる情報の一つなのかもしれない。
まあ、どうでも良い。せいぜい車や自転車にぶつからないようにしていただきたい。
再びゆっくり歩きだすと、私より年配の男性が犬を連れて立ち止まっている。その男性も先ほどの私のように三日月・金星・木星が弧を描いて並んでいるのを見ている。連れているトイプードルは、横にちょこんと座り。立ち止まっている主(あるじ)をどうしたことかと見上げている。
つい、「きれいな三日月と金星と木星ですね。」と声をかけてしまった。男性は私の声に振り向き、「ああ、やはり木星でしたか。こうして並んで見えるのは珍しいのでしょうか。」と笑いながら答える。犬は星には興味が無いので、私の所までやって来て足元をくんくん嗅いでいる。
軽く会釈してその場を離れる。
ドアの鍵を開け家に入る。が、風呂場を洗う前にもう一度外に出て、三日月と金星と木星が並んでいるのを眺める。
やはり美しかった。
子供の頃は田舎に住んでいた事もあって、もっと夜空には星がたくさん見えた。夜空は何処までも広がっており、私は口をぽかんと開けて星たちを見ていた。
見上げているうちに夜空に落ちて行ってしまうような、吸い込まれるような不思議な感覚に襲われる。足元がぐらつき、見上げたまま倒れるのではないかと怖くなったこともあった。
子供の頃だからそんな風に感じたのだ。上手く表現できないが、夜の暗さに対する原始的な「恐れ」に近い感覚だったのかも知れない。
妻が家にいたら、誘い出して一緒に三日月と金星と木星を見たのに、と思ったりもする。「月と金星と木星とが、あんな風に並んでいる。綺麗だね。」などと他愛もない会話をしたかった。
残念ながら妻は今頃女性三人で飲み会の真っ最中だ。どこぞの居酒屋で取り留めのないおしゃべりに夢中だろう。
月と金星と木星と。月と金星と木星と。口の中で妻の分まで繰り返してみる。
じゃ、また。