こんな夢を見た。
会社の昼休み。上司がやってきて隣に座ると唐突に「君は異動だ。」と笑いながら肩を叩く。異動の季節でもないのにずいぶん急な話だが、社畜の私には選択の余地がない。
どこの部署への異動か尋ねるが、上司は黙ったまま歩き出す。古めかしいエレベータに乗ると彼は地下4階のボタンを押す。確か会社のビルには地下3階までしかなかったのに、などとぼんやり考える。
ガタン、と大きな音を立ててエレベータは地下4階に着く。廊下に出ると天井がいやに低く、廊下の灯りも暗い。天井の蛍光灯には蛾が数匹舞っている。足元には黄色いカーペットが敷かれていて、廊下の両脇には暗い色の大きな壺が並んでいる。壺の陰にはずいぶん粗末な身なりの幼い子供が何人も佇んでおり、通り過ぎる私をじっと見ている。
不思議なことに廊下の左右にはドアが全くない。突き当りにある唯一のドアを開けると、ギギギ、と不気味な音が響く。
ドアの向こう、部屋の広さは6畳ほどしかない。低い天井から暗い蛍光灯が明かりを落としている。
「今日からここが君の席だ。」と言われた先にあるのは、小学校にあるような小さな木の机である。なんとも心細くなるが、やはり偉い人には逆らえないので椅子の埃を手で払う。「ここで何をすればよいのでしょうか。」と聞くと「彼に聞いてくれ。」と部屋の奥を指さす。そこには男が一人座って背中を向けている。ゆっくりとこちらを振り返ると酷く年老いている。腰が曲がっており、床を舐めるようにして座っている。おそらくは90歳を超えているだろう。
上司は「では。」と言い残すと部屋を出ていく。再びギギギと嫌な音がする。
立ち上がった老人は手に何かを持っている。相変わらず床を舐めるようにしてこちらに歩を進めてくる。手にしているのは所謂普通の民芸品として各地の店頭に並んでいる、あの「こけし」である。老人は私の顔の前に「こけし」を突きだすと「このこけしの説明書を書け。」と唐突に話し始める。
老人は震える手で私に小筆と説明書を渡す。小筆は筆先が広がり、かなり長い間使われていたと想像できた。一方説明書は紐で綴じられており、ところどころ破れている。随分古い書物のようだ。
「この説明書の内容を書き写せ。」としゃがれた低い声で言う。私を見る老人の顔は目ばかり大きく、皺だらけである。
「それと作業中は静かにしろ。迷惑がかかる。」彼が振り向いた方向にはいつの間にかベッドがある。6畳程度の狭い部屋なのに、今まで気づかなかった。ベッドの隣には点滴が立っており、病人らしき者が寝ている。時折点滴の水面が揺れ「ゴポッ」というくぐもった音が。
点滴の水面に大きな泡が立ち昇る。その度に病人が身震いをする。そんなに一気に体内に液体を注入する様子は見たことがないが、実際目の前の病人はなんともないのだろうか。その病人が向こうを向いたまま「ああああ」とうめき声のような、ため息のような、気味の悪い声を絞り出す。
私は心細くなりベッドのほうを見ないように作業を始めるが、気になって仕方がない。「こけし」の説明書を読んでみるが全く意味をなしていない。観光客にでも配布するのかもしれないが、会社でこんな仕事をしているとは知らなかった。
筆が悪いせいか、上手く書くことができない。私は難儀しながらも作業に没頭しようとする。
私と、老人と、ベッドに横たわる病人。そして時折「ゴポッ」という点滴の音。気が付くと蛍光灯がジジジと微かな音を立てているのが分かる。私は気味が悪くなって、この場から逃げたいと思う。
気づくと椅子から子供の手が生えていて私の足首を掴んでいるので、立ち上がれない。その手は先ほど壺の陰にいた子供の手ではないかと疑う。子供とは思えない程強い力で私の足首は掴まれている。
暫くしてベッドの上の病人が寝返りをうってこちらを向く。私を見ているようだが焦点が合っていない。目の下に酷い隈がある。私は彼の顔に見覚えがある。確かにテレビに出ていたグループ歌手の一人に違いない。最近テレビに出ていないと思い当たる。こんなところで点滴を受けていたようだ。暫くその病人を見ていると、老人が「早く仕事をしないと間に合わないぞ。」と言う。
その病人が何か言おうと口を開ける。そのタイミングでまた点滴が「ゴポッ」と音を立て、テレビで見た事のある男が身震いをする。彼の目はこちらを見ているようで見えていないのかもしれない。「ああああ」とまたその男が声を漏らす。
私はますます気味が悪くなり、いつ逃げ出すかそればかり考える。が、足首を掴む子供の手は力を増すばかりである。いずれ足が折れてしまうかもしれない。
そこで目が覚めた。時計を見ると明け方の5時である。なんとも不気味な夢だった。まだ耳に「ゴポッ」という音が残っている。
私は仕事の繁忙期だとか、体調を崩したタイミングでこのような気味の悪い夢を見る事が多い。多かれ少なかれストレスを抱えて生きているので、このような傾向の夢を見るのかもしれない。
了