鼠丼(ねずみどんぶり)

天に声あり、丼の中に住む鼠をして語らしむ

<878> 251217 母と「ピザ・パイの歌」と1967年生まれのねずみと


 毎度!ねずみだ。

 2025年の8月、閉鎖を前にgooブログからこちらに引っ越してきて以降。
 何人かの方の綴っているブログが「琴線に触れ」て、勝手に「読者になる」ボタンをポチッと押し、毎日巡回している。

 「読者になった」方の文章は、どの方の文体も私の好みで、文章を綴るうえで勉強にさせてもらっている。
 若い人たちが綴る、華やかなイベントに満ちた生活を謳歌するような内容が苦手で、それゆえ年齢的にも私と近い方、または少し上の方のブログを選んで巡回する。
 日々の生活に軸足を置いた、しっとりと落ち着いた内容のブログを中心に選んでいるつもりだ。(それにしても皆さん、本当に文章が上手くて驚かされる。私も「鼻血ブー」とか書いている場合ではない。)

 そんな中で先日「ピザ・パイの歌」に関して触れられているのを発見。
 その方が「ピザ・パイの歌」に逢ったのは小学校4年生の時だったそうだ。

 私もこの「ピザ・パイの歌」という教材と出会ったのが小学校4年生の時である。
 1967生まれから1969年生まれの方(ねずみは1967年生まれ)が4年生の時に学校の国語の教材として出会っているそうなので、ほぼ同じジェネレーションかもしれない。

 私の母が亡くなったのが2022年12月29日で、母への追悼の意味も込めて2023年1月1日に、「ピザ・パイの歌」という文章をgooブログ時代に書いた。(<785> 230101 ピザ・パイの歌 拙サイト内カテゴリー「亡くなった両親に関わる話」に収録)
 頭の中の記憶は年齢とともに少しずつ曖昧になっていくので、どうしても残しておきたい「思い出」はブログに残している。形を変えて、何度か掲載することもある。

 親の転勤で東京に出てきていじめに遭うきっかけになったのが、この「ピザ・パイの歌」。ピザというものを知らなかったねずみ少年が「ピザって何ですか?」と聞いたところ、クラスの皆にピザを知らない事を笑われる。それ以降愛知の田舎から出て来た少年は、東京の都会の小学生による「いじめ」の洗礼に逢う。

 悔しくて悔しくてくやしくて。それでも皆が居る学校で涙を流すわけにはいかない。家に着くまでは、鼻の奥がツーンとなりながらも泣くのを我慢して走って帰る。それでも家のドアを開け、お袋の顔を見た途端。本当に滝のように涙が溢れた。体中の水分が抜けてしまうんじゃないかという程の号泣。訳を聞いたお袋と抱き合って二人で泣いたのがつい昨日の事のようである。
 実家でピザを食べる機会がある度にお袋とこの話をして、「お袋があの世に旅立ったらみんなにこの話をするよ。」なんて約束をする。実際にお袋が亡くなった時、集まった皆の前で泣きながらこの話をした。お袋が「あらあら、何十年も前の話なのに、まだ泣くのかい?」と笑ったことだろう。あるいは一緒になって泣いたかもしれない。

 ネットで検索すると、世の中のブログ書きの方達の中でこの「ピザ・パイの歌」を取り上げる方が何人もいるのを知り驚く。しかも私同様当時まだ「ピザ・パイ」を知らなかったようである。
 当時「田舎者だからピザ知らない」と笑われたねずみ少年だったが。この事を知ったら、「なんだ僕だけじゃなかったんだ!」と喜ぶのか、それとも「畜生、ピザを知らないのは僕だけじゃなかったのか!」と地団駄を踏むのか。

 世の中広いのか狭いのか、Hatena Blogの中の、いくつもある購読リストの中。私が参加させていただいている、決して多くない購読リストの中に「ピザ・パイの歌」を見つける、小さな奇跡。そして「ピザ・パイの歌」という、それこそ星の数ほどもある教科書の教材が、親との大切な記憶の中で大きな役割を果たしているという、不思議な偶然。上手く言えないがこういうのって、なんだか良いよね。

 じゃ、また。