毎度!ねずみだ。
まだ幼かった頃。
実家で過ごしていたクリスマス。テーブルにはいつもお袋が近所のスーパーで買ってきたショートケーキが並んだ。小さな箱に入って、イチゴが乗ったショートケーキ。テレビのCMで流れている豪華なホールのケーキはついぞ見たことがなかった。
親父もお袋も子供時代、裕福な家に育ったわけではないので、ホールケーキを買うなんていう事は初めから頭になかったのかもしれない。
当時。本当はあのホールケーキを目の前にして、口の周りにクリームをつけながら思う存分食べてみたかった。
特にチョコクリームに覆われた丸太のようなケーキ(ブッシュ・ド・ノエルという名前を知るのはずっと後の事だ)には、完全に心を奪われた。どう考えてもお袋がそんなケーキを知るはずもなく、したがって私の口に入る事はなかったが。我が家には、ホールケーキのような(またはブッシュ・ド・ノエルのような)「大きな」ケーキは似合わないのだ、と自分に言い聞かせる。
長じて自分でケーキを買うようになって。初めてケーキを「ホール」で買って実家に持って帰った事があった。クリスマスのタイミングではなかったし、テレビで見たような大きなものではなく。確か5号くらいの大きさで洋ナシのタルトだったような記憶が。
お袋はことのほか喜び、(息子が買ってきてくれたので、余計に喜んでみせたのだろう)「こんな大きなケーキ食べたら、罰が当たる。」と言って、一切れ切るとまず仏壇に供えた。おりんをチーンと鳴らして「息子がこんなケーキを買ってきてくれたんだに。(くれたんだよ、という長野の方言)」と手を合わせた。
せっかくホールで買っていったのに、「高かっただろ?お前が食べる分が無いんじゃないか?」と自分では少しだけ切って残してほとんど持って帰らせようとするので、「いいから、今日ここで全部食べよう。たまには親父にも食べさせてやろうよ。」と親父にも「少し」食べさせる。(親父は若い頃の贅沢な外食が祟って糖尿病を患っており、この手の甘いケーキを一人前を食べる事は、お袋によって禁じられていた。)親父は小さく切り取られたケーキとお袋の顔を交互に見る。その顔がおかしくてお袋と大笑いした。
お袋がホールケーキを嬉しそうに受け取ったのを良い事に、妻と暮らすようになってからは、お袋の誕生日やらクリスマスにはホールケーキを買って持っていく事にする。その度にお袋は喜んだ。
自分が子供の頃はクリスマスにケーキを食べるなんて贅沢なことをした事が無かったようで、子供のように、本当に子供のように喜んで「美味しい!」と言って食べていた。
一方妻の両親は、毎年妻や妻の妹が手配するホールケーキをクリスマスに食べている。そうしてしばらくの間はクリスマスの時期には、私の実家、妻の実家、それぞれにホールケーキが目の前に用意される。普段食べない大量のケーキを食べる事になる。
ショートケーキと、「美味しいね!」と言って食べた家族の笑顔と。いずれ訪れる将来の不安と責任など何もなく。クリスマスの意味も知らずに「毎日クリスマスでも良いね。」なんてケーキやジュースを口に運んだ時間。そんな奇跡のような時間は永久に帰ってこない。
親父が肺がんで入院し亡くなると、追いかけるようにお袋が施設に入り。実家に戻ることなく亡くなって3年経つ。クリスマスを迎える度、そんな事ばかり思い出す。
草葉の陰でクリスマスを迎える親父とお袋さん、ケーキを食べさせてやりたいけどさすがに墓にホールケーキ供えたら、寺の坊さんに怒られるだろうなあ。
じゃ、また。